子どものころからアレルギー性鼻炎やぜんそくがあったので、中学生のときに運動部から文化部、音楽部に変わりました。運動は好きだったのですが、結局体のことがあって続けられなかったのです。
だからといって、何か楽器ができるわけでもないし、楽譜が読めるわけではなかったのです。音楽部の部室に行くと、何しろ人数も少なかったということもあって、意外と歓迎されて、トランペットやホルンという楽器をあてがわれて、まず、プープーと音を出してみろというところから始めることになりました。
今から40年も前の話です。今はそんな偏見はないでしょう。わたしが行っていた学校だけかもしれませんが、その当時は、体育部はどのクラブも盛んでしたが、いわゆる文化部というのは、運動ができない体のひ弱い連中がやるものだという目で見られていました。

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